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「潜伏キリシタン」世界遺産に登録決定 国内22件目

2018/07/02

 バーレーンのマナマで開催中の国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会は30日、約250年続いたキリスト教禁制と独自の信仰の歴史を示す「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」(長崎県、熊本県)を世界文化遺産に登録すると決定した。

「野崎島の集落跡」の旧野首教会堂=長崎県小値賀町

 事前審査を担うユネスコ諮問機関のイコモスから助言を受け、当初の推薦書を見直したことが奏功した。日本国内の世界遺産は昨年の「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」(福岡県)に続き22件目で、平成25年の「富士山」(山梨、静岡)以降、6年連続での登録。内訳は文化遺産が18件、自然遺産が4件となった。

 潜伏キリシタン遺産は、現存する国内最古のキリスト教会の国宝「大浦天主堂」(長崎市)や、禁教期に形成された集落など12の資産で構成。幕府による信徒弾圧と潜伏、仏教徒を装うなど独自の信仰形態を生み出した歴史を物語る。

 政府は当初、キリスト教解禁後に建造された教会堂の建物を中心に、伝来から約400年の経過を示す「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」として、平成27年1月に推薦書を提出。28年夏の登録を目指した。

 だが、イコモスから禁教期に焦点を当てるべきだとの指摘を受けて見直し、新たな推薦書を29年2月に提出。諮問機関は今年5月、「ひそかに信仰を継続した独特の文化的伝統の証拠」と高く評価し、登録を勧告していた。

 政府は来年の文化遺産登録を目指し、国内最大の前方後円墳「仁徳天皇陵古墳」(堺市)を含む「百舌鳥(もず)・古市(ふるいち)古墳群」(大阪府)を推薦している。今年6月に推薦を取り下げた自然遺産候補「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」(鹿児島県、沖縄県)について、環境省は早ければ32年の再挑戦を目指す。

離島振興ふくらむ期待 地元「Uターンにつなげたい」

大浦天主堂=長崎市

 離島振興の切り札に―。国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産への登録が決まった「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」は、人口減少に歯止めをかける活性化策の一つだ。空き家の観光資源化や老朽化した教会堂の修理が進められてきた。

 時速80キロの高速船ジェットフォイルで、長崎港から福江港(長崎県五島市)まで1時間25分。140余りの島が連なる有人国境離島の五島列島で、定期航路の増便が相次いでいる。

 九州商船は長崎-有川(新上五島町)航路に7月末から定員140人の新造船を就航させ、現行の1日2往復を3往復に増やす予定だ。「有川港は世界遺産に近い」と営業担当者。市町なども民泊や体験プログラムを推進。島の良さを伝え、「Iターン、Uターンにつなげたい」(県観光振興課)との願いがある。

 高度成長期以降に人口流出が続き、交通拠点の五島市でも昭和35年の約9万人から平成27年の約4万人に激減。朽ちかけた古民家も目立ち、景観維持を兼ねた空き家対策が課題だ。文化庁は重要な古民家の修理などに補助してきた。小値賀町は空き家となった古民家を宿泊施設などに再生。昨年度は外国人188人が訪れ、宿泊などを手配する窓口の英語対応も始まった。

 キリスト教解禁後、信徒が資金を出し合って教会堂を建て、今も50もの教会堂がある。教区の過疎化が進む中、修復費用確保も課題となっている。長崎県は教区の負担軽減を図るため、企業から寄付を募る基金を27年に設立。ユネスコ諮問機関による5月の登録勧告後に弾みがつき、累計額は約8千万円。活性化の恩恵を受ける企業も多く、長崎空港ビルディングなどが継続支援を表明している。

 3250万円をかけた「江上天主堂」(五島市)の修復にも、国などの補助に基金から約160万円を上乗せ。教区負担は約280万円だった。市の担当者は「来訪者は年7千から9千人。今年は1万人を超えそう」と勢いづく。県は4月から県庁などに募金箱を設置。「みんなで守るという思いを共有したい」と協力を呼びかけている。

禁教下の信仰 際立つ特異性

 潜伏キリシタンは、江戸幕府による全国的なキリスト教禁教令(1614年)から長期にわたり、カトリック由来の信仰をひそかに続けた。背景には、幕府側の黙認とキリシタン側の秘匿があったとされる。

 カトリック信仰は、16世紀頃の大航海時代に世界に広がった。植民地と異なる日本の特異性について、推薦書は「キリスト教を植民地化の脅威とみなし、その排除を行う中央政権の政策下に民衆の間でひそかに継続した」との見解を示す。

 宣教師不在の中、教会暦をつかさどる「帳方(ちょうかた)」や洗礼を授ける「水方(みずかた)」ら指導者を中心に信仰組織をつくった。1800年頃、人口増が問題となった九州本土の外海(そとめ)地域から五島列島への開拓移住が政策的に推進され、3000人が海を渡ったとされる。長崎・天草と周辺で200超の集落が確認されている。

 1873年の解禁後、宣教師の指導下でカトリックに復帰したが、潜伏期の信仰を維持した人々もおり、「かくれキリシタン」と呼ばれる。「五島キリシタン史」(五島市世界遺産登録推進協議会)によると、昭和40年代頃の五島列島の「かくれ」人口は推計1万5000~2万人。現在は、信仰組織のほとんどが解散したという。

 

 

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