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[連載]観光立国のフロントランナーたち 日本政策投資銀行・藻谷浩介特任顧問(最終回)

2018/05/01

一般社団法人日本インバウンド連合会(JIF)の中村好明理事長(ジャパンインバウンドソリューションズ(JIS)代表取締役社長)が、日本の観光立国実現に奔走するキーマンたちと、その道筋について語り合う大型対談「訪日ビジネス最前線 観光立国のフロントランナーたち」。日本政策投資銀行の藻谷浩介・地域企画部特任顧問との対談の最終回では、観光立国を目指す上で求められる街づくりのあり方について話が及びました。観光地での電信柱や電線、柵の配置なども景観に配慮する必要性を説いています。

景観を損なう“障害物”をもっと意識すべき

中村 観光立国の実現に向けて日本は景観をもっと大切にする必要があるのではないかと考えています。例えば、電信柱や電線の問題があります。住宅地は今のままでもいいのですが、都市のダウンタウンや観光地の景観を損なっているところも多くみうけられます。

藻谷特任顧問 桜のシーズンに東京のあちこちを歩いていて、道沿いの花を電線に邪魔されずに観賞できる場所がまったくないことに、改めて驚きました。外国人観光客からすれば、「せっかく植えておいて世話もしているのに、これでいいのか?」と不思議になるでしょう。

ベトナムのホーチミンで、ごちゃごちゃと交錯する電信柱と電線をデザインしたTシャツを土産に買ったことがあります。経済の急成長するベトナムであれば、電線にも雑草のような活力を感じますが、日本が未だにベトナムと同じでは洒落(しゃれ)になりません。

中村 日本人は電信柱や電線の存在を頭の中から、脳内から、意識から消し去ってしまって感じられなくなっているのではないでしょうか。

藻谷特任顧問 頭の中で電線を消す画像処理をしているのだと思うのです。同じようなことは、高速道路や新幹線のコンクリート高架をみたときにも起きているのではないでしょうか。富士山の麓の新幹線や、棚田地帯を貫く高速道路の橋などを見たあるフランス人は、「ビザール!」(奇天烈、不調法)と慨嘆していました。国民の景観意識が今のように悪趣味のままでは、特に欧米客の継続的な集客に支障をきたすように感じます。

電信柱や高架橋以外にも、道路沿いの柵や標識が景観を台無しにしている例が多々あります。斜里から世界遺産・知床探訪の基地であるウトロに向かう国道などは極端な例で、工事現場の足場のようなパイプを組み合わせた柵が海側に延々十数キロも設置され、真横の海が車からまったく見えないようになっています。断崖の上でもなく、横に人家があるわけでもなく、道をはみ出せば浜に突っ込むだけで、柵自体が不要です。地元の講演会で指摘してみたのですが、そのこと自体に住民が誰も気づいていませんでした。彼ら自身に、海を見ながら楽しんで走る習慣や意識というものがない。昔の日本人なら必ず持っていたであろう、自然への関心が乏しいのです。

中村 欧州に行くと、街にはそれぞれ独自の景観とデザインがあります。自分たちが住む街並みを守ろうという意識を強く持っている証だと思います。

藻谷特任顧問 日本の各地で荒れ狂う商業看板も、欧州の街では目立ちません。これは規制以上に住民の景観意識の問題です。日本でも頑張っているところはあります。例えば、島根県には、地場産の石州瓦を載せた赤茶色の美しい家並みが随所に残っていますが、学校や公民館などの公共建築物も瓦葺にするなどして、官民で歩調を合わせています。同県の石見銀山や出雲大社の門前町は、外国人を連れて行っても恥ずかしくない素晴らしい例です。

電線の地中化にはメンテナンスなどの問題があると言われますが、空中でメンテナンス作業をするのも同様にたいへんです。前回にお話しした公共空間禁煙化と並んで、電線地中化は、日本が世界的な観光地として定着するためには絶対に避けられないステップでしょう。

公務員は現場を自腹で視察せよ

中村 まとめになりますが、日本は生産年齢人口が伸び続けていた経済成長時代の成功体験をいまだに覚えていて過去の成功体験にすがっているようにも見えます。現在の日本の観光関係者への提言をお聞かせください。

藻谷特任顧問 インスタント食品ばかり食べているシェフはありえない。ファストファッションしか着ないブテッィク店員もありえない。同じように、自腹で旅行に行かない観光関事業者というのも、本来ありえないのです。しかるに、団体旅行について行ったことしかない、個人客目線で物事を考えられない、観光客よりも観光に関するセンスの低い事業者が、日本中に満ちています。この業界自体が、いかに人口増加に甘えていたかということです。

北陸新幹線開業後の、北陸甲信越各県の延べ宿泊客数の推移を見ますと、外国人客は急増していますが、日本人客は総じて横ばいになっています。ワイドショーで活況を報じられた石川県でも、宿泊した日本人は開業初年に少し増えただけで、その後2年間は反動で減っています。国内市場というのはそれだけ成熟しているわけで、新幹線ができた、キャンペーンをやった、といったことで増えるような情勢にはないのです。この事実を直視して、外国人客目線で日本人得意の「カイゼン(改善)」を進めていけるところだけが、長期的に選ばれ続けて残るのです。

観光振興の担当となった公務員の不勉強とセンスの悪さも、往々にして深刻な障害になっています。優秀なホテルマンは職業倫理として自腹で他のホテルに泊まりにいきます。公務員も自腹であちこちに出かけて個客目線で自他を比較しなければ、到底、観光振興の任に堪えません。以前はそういうことを積極的にするスーパー公務員が多くいたのですが、彼らの多くが妬まれ、結局、出世しなかったのをみて、若い層ほどオフィスに閉じこもる傾向が強くなっています。そうした担当者のいる自治体は広告会社や旅行代理店のいい餌食になるだけで、あるいは依存体質の民間事業者に補助金をたかられるだけで、成果が出ません。

中村 全国を回っていると、優秀な知事や市町長村長がいる県や市町村ほど県庁や役場の職員のレベルが低いと思う時があります。また、知事など各首長が代替わりすると、今までうまく進んでいたことが突然、ダメになることもあります。職員みんなが当事者意識を持たないといけないのだと思います。

藻谷特任顧問 特定のリーダーに頼る地域振興は、リーダーの交替とともに雲散霧消してしまうことが多いのです。多くの関係者がビジョンと行動を共にしていくようにしない限り、継続して顧客満足を得ることはできません。

訪日外国人の国内消費は、増えたといっても4兆円規模、日本人の国内消費に比べれば1%少々に過ぎません。そのため東京のような大都市では、その恩恵を受けているのは事業者のごく一部だけです。しかし、その1%少々をうまくつかんでいる層は、いまどき珍しい急成長を手にできています。また、ニセコのように住人が数千人しかないようなところに外国人が大挙して訪れると、地域としては大変なインパクトになります。地方ほど、投資の活性化手段としても、若い人の収入源としても、インバウンドの効果は大きいのです。

日本人は「地方が遅れている」とばかり思い込んでいるようですが、先入観のない外国人の目から地方を見れば、素晴らしい自然があって、ゆとりある生活があって、商業環境・ネット環境・公共交通の整備状況は普通の国の大都市よりも便利だったりするわけですから、東京よりも高い評価をすることがままあります。そうした外国人と触れ合うことで、地方の住民の意識も変わり始めることが期待されます。これは女性が「美しい」とほめられると、ますます美しくなるのに似ています。

新しい視点で見つめなおすことが大事

中村 変な思い込みにとらわれていると、とんでもない間違いに気づかないことがあります。新しい視点で物事を見ていかないといけませんね。訪日外国人観光客数の政府目標である2020年に4000万人、2030年に6000万人ばかりにスポットが当たっていますが、第1回の対談でおっしゃられた「人数よりも消費額が重要」という指摘は的を射ていると思います。

藻谷特任顧問 京都などのインバウンド先進地では、現時点ですでに、観光客数ばかりが増えたことによる弊害が大きくなっています。いわゆる観光公害ですが、キャパシティーを考えれば集客数ばかりを増やす目標が現実離れしていることは明らかです。これからは人数の目標は取り下げて、第一に消費額を、第二にその消費の地域内への波及効果(GRP=域内総生産=増加効果)を目標にすべきです。もちろん輸送機関や旅行代理店には、何でもいいので客数だけ増えてほしいという意向もあるでしょうが、彼らも単価を如何に上げて行くか工夫を始めないと、混雑の末にいずれ客数が減り始めることで、大きなしっぺ返しをくらうのではないでしょうか。

観光客の消費が地域経済を成長させる(GRPが増える)ところまで行くには、消費されているモノの多くが地域産であり、投資に使われる建材の多くが地域産であり、働いている人材の多くが地域在住である必要があります。

幸いにも外国人観光客はもともと地域産が欲しくて来ているわけですから、彼らに中国から輸入した食材を提供するなどということは、的外れの極みです。観光事業者の多くも外国人であるニセコでは、顧客の嗜好を直視して、ニセコ産のものばかりが売られています。観光以外の農業や土木などの産業にも波及効果があり、地域内の資金循環が拡大して、人口も増えています。これに対し小樽では、小樽産のモノを活用し消費するという意識を観光事業者自身が持っていないために波及効果が生まれず、著しい人口減少が続いています。

観光事業者の繁栄も、地域全体の活性化も、すべては顧客目線の徹底の延長にあるのです。(終わり)
【関連記事】[連載]観光立国のフロントランナーたち 日本政策投資銀行・藻谷浩介特任顧問 (3)

藻谷浩介(もたに・こうすけ) 1964年山口県生まれ。東京大学法学部を卒業後、1988年日本開発銀行(言日本政策投資銀行)入行。94年ロンビア大学経営大学院修了、経営学修士(MBA)取得。2012年から日本総合研究所主席研究員、日本政策投資銀行地域企画部特任顧問(非常勤)。平成の大合併前の全国3200市町村、海外94カ国を自費で訪問し、地域特性を多面的に把握。地域振興、人口成熟問題、観光振興などについて精力的に研究し、執筆、講演活動を展開している。著書に『デフレの正体 経済は「人口の波」で動く』(KADOKAWA、2010年)、『里山資本主義』(KADOKAWA、2014年)、『しなやかな日本列島のつくりかた』(新潮社、2014年)、『和の国富論 観光立国の正体』(新潮社、2016年) など。近著に『世界まちかど地政学 90カ国弾丸旅行記』(毎日新聞出版)。

中村好明(なかむら・よしあき) 1963年佐賀県生まれ。ドン・キホーテ入社後、分社独立し現職就任。自社グループの他、公共・民間のインバウンド振興支援事業に従事。2017年4月、一般社団法人日本インバウンド連合会理事長に就任。国際22世紀みらい会議(Mellon 22 Century)議長。日本インバウンド教育協会理事。ハリウッド大学院大学および神戸山手大学客員教授。日本ホスピタリティ推進協会理事・グローバル戦略委員長。全国免税店協会副会長。みんなの外国語検定協会理事。観光政策研究会会長。著書に『ドン・キホーテ流 観光立国への挑戦』(メディア総合研究所、2013 年)、『インバウンド戦略』(時事通信社、2014年)、『接客現場の英会話 もうかるイングリッシュ』(朝日出版社、2015年)、『観光立国革命』(カナリアコミュニケーション、2015年)、『地方創生を可能にする まちづくり×インバウンド 「成功する7つの力」』(朝日出版社、2016年)、『儲かるインバウンドビジネス10の鉄則』(日経BP社、2017年)がある。

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