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[連載]観光立国のフロントランナーたち 日本政策投資銀行・藻谷浩介特任顧問 (3)

2018/04/16

ジャパンインバウンドソリューションズ(JIS)の中村好明社長(一般社団法人日本インバウンド連合会理事長)が、日本の観光立国実現に奔走するキーマンたちと、その道筋について語り合う大型対談「訪日ビジネス最前線 観光立国のフロントランナーたち」。日本政策投資銀行の藻谷浩介・地域企画部特任顧問との第3回対談はインバウンド振興の課題について、お話しをうかがいました。民泊の普及に期待を示す一方、飲食店などで禁煙が普及していないことを観光立国の課題として挙げています。

人口が増えるところまで行けば、インバウンドは成功

中村 日本のインバウンドが伸びている状況の中で、藻谷さんが感じているインバウンド振興、観光立国の実現に向けた課題を教えてください。

藻谷特任顧問 「観光立国」というのはスイスやシンガポールのような状況を指すと思われますが、それは「観光が国全体の基幹産業の一つになっている」ということ。「観光客が増えて観光事業者が儲かる」ということだけでは、観光立国化に成功したとはいえません。「観光が活性化した結果として、観光の売り上げが地域内の他産業にも波及して循環し、地域全体の雇用が増え、人口が減らなくなった地域」が増えて初めて、観光立国化に成功したと言えるでしょう。

日本の観光地を見れば、そうはなっていない例の方が圧倒的に多いのですが、中でも特に残念な地域(インバウンド集客には大成功しているのに、急速に人口が減り続けている地域)を幾つか挙げれば、小樽や箱根、温泉猿が大人気の長野県山ノ内町、高野山(和歌山県)、長崎などを思いつきます。そんな事例ばかり見ているからでしょうか。「観光客などいくら増えても、人口が増えるところまではいかない」と思い込んでいる人もいますね。ですが、それは勘違いで、小樽よりずっと不便なニセコ、同じ長野県でも軽井沢や白馬、沖縄の各地などでは、実際に観光を原動力にした人口の増加が続いているのです。

小樽とニセコ、長崎と沖縄を比べると、地域を活性化させる観光と、そうでない観光の違いが分かりやすく見えてきます。人口の増えている地域では滞在型の観光が、人口の減っている地域では日帰りかせいぜい1泊2日の観光が主流です。そして、もっとはっきり違うのが「地消地産」の浸透度です。

中村 「地産地消」というのは、どういった考え方なのでしょうか。

藻谷特任顧問 「地消地産」とは、よくいう「地産地消」(地元名物は、よそに売るだけでなく地元で消費されねばならない)とは違う話でして、名物に限らず「地」元で「消」費されるものには極力「地」元「産」を使う、という姿勢です。早い話、「観光客に出している食材や、土産物の原材料を、極力地元産にする」ということなのですが、日本の旧来型の観光事業者は、驚くほどこのことにこだわりがありません。他の地域から1円でも安く調達してきた食材を使って、コストダウンすることばかりを考えているのです。その結果、客単価は上がらないし、売り上げの多くがそのまま地域外に戻ってしまって、地域内では循環しません。

それに対して「地消地産」の意識の高い観光地では、「今だけ・ここだけ・自分だけ」の地元のものを消費することにこだわる、上客をつかむことができます。そのうえ、観光事業者の売り上げが、地域の農林漁業者や商業者、場合によっては建材事業者や建設事業者にも循環します。そうなると雇用の厚みが増え、実際に人口が減らなくなるのです。

この点で特に素晴らしい成功例は北海道のニセコです。主要顧客であるオーストラリア人が滞在型であり、地元食材の消費にこだわる客層で、しかも、地元産木材を使った別荘を建てる傾向もあるので、観光以外のさまざまな分野に波及効果が及んでいます。その結果、雇用が増えるだけでなくて、子供の数までも大きく増えています。家族を営めるだけの収入のある若い夫婦が増えなくては、こうなはなりません。沖縄の各地にもそういう意識は浸透しています。

民泊と宿泊施設のダイバーシティ

中村 今年6月15日から施行される住宅宿泊事業法(民泊新法)についてはどう見ていますか。

藻谷特任顧問 まだ、無許可で民泊を経営しているケースが多く見受けられ、犯罪に悪用されるケースも出ています。現状では、何が起きるか分からないという怖さがあるのも確かですね。

中村 私は「観光警察隊」のような組織を作って、きちんと悪貨を駆逐するような取り組みが必要なのではないかと感じています。政府が始める新たな国際観光旅客税などを財源として活用してはどうかと思っています。

藻谷特任顧問 それは大賛成です。経済原理で悪貨を駆逐できるというのは一種の市場原理教で、現実はそんなに簡単には行きません。そもそも観光はブランド商売ですから、悪化を駆逐する過程でブランドが損なわれてしまえば、あとあとまで副作用が続きます。

中村 悪質な行為に対しては、しっかりとした抑止力を持つことは大事です。外国人観光客は、日本に対して、安全・安心な国というイメージを持っています。せっかく有効な規制緩和を行っても、それによって安全・安心が損なわれるようでは、日本のイメージダウンにもつながり、インバウンドの面でも逆効果になります。

藻谷特任顧問 民泊が健全な形で推進されることは大賛成です。例えば、米国は自由の国というイメージがありますが、それとは裏腹にニューヨークは規制が多く、配車サービスの「ウーバー」ですら米国の各地と違ってあまり普及していません。民泊規制も厳しいので、宿泊施設が全く足りていないのも困ったことです。このため、十分な設備もないホテルですら宿泊料が非常に高く、一泊3~4万円を払ってもひどいサービスのホテルも少なくありません。それが、飲食店や関連産業の売り上げを減らしていることに、当局は気づかねばならないのですが。

中村 規制緩和によって宿泊施設のダイバーシティ(多様化)を実現しなくてはならないのは確かですね。

藻谷特任顧問 高価なことが悪いということではなく、需要に合わせて高級ホテルから、中級、エコノミー、キャンプ場まで幅広く供給することを可能にしなくてはなりません。民泊が拡大することで、日本はニューヨークに勝つこともできます。

たばこの喫煙問題は観光立国最大の敵

中村 国会でも審議が続いている喫煙の問題についてはいかがお考えでしょうか。

藻谷特任顧問 飲食店内やホテルの客室など、非喫煙者が利用する可能性のあるすべての空間での喫煙禁止を、早急かつ厳格にやるべきです。飲食店内禁煙をやっていない国は、全世界でも主要国では日本ぐらいしかありません。途上国でも多くが日本より進んでいます。アジアで言えば、韓国や台湾は当然として、ベトナムやタイでも飲食店内は禁煙です。中南米に行けば、パナマやパラグアイですら15年も前からそうなっていますよ。ホテルに関しても、全室禁煙というのは先進国の常識です。

タバコを吸う権利は大人なら誰にでもあるのですが、他人に吸わせる権利は誰にもない。お酒と同じですね。飲む権利はあるけれど、他人には一滴たりとも飲むことを強制できないのです。そして、お酒と違って煙は、いや応なく空間内に広がってしまいます。だから分煙=完全禁煙にするしかないのです。人間には排泄の権利が100%ありますが、飲食空間ではやってはいけません。裸になる権利も100%ありますが、人前ではやってはいけない。吸う権利というのも同じです。

外国人観光客の多くは、日本は楽しいけれどタバコだけは勘弁してほしい、と真剣に感じています。オリンピックまでこの状態を続けて恥ずかしいと思わない政治家が存在すること自体、浮世離れしていますね。

中村 地方に講演に行くと、いまだに分煙や禁煙が進んでいない宿泊施設などが山のようにあり、驚かされます。たばこ税に依存しているからでしょうか。

藻谷特任顧問 世界各国どこもたばこ税に依存していますが、喫煙を止めることができています。酒税が大事だからと言って、他人に飲酒は強制できませんよね。それと同じです。タクシーがそうでしたが、全店一斉に禁煙にすれば、別にどの店もお客は減りません。とにかく日本の議論はずれまくっています。

日本で公共空間の禁煙ができないのは、喫煙者が長年甘やかされてきた結果、他人に対して「俺の煙を我慢しろ」という権利があると勘違いした層が政治家の中に多数存在している、ということ以外に理由はありません。「少しくらいお尻に触ってもいいじゃない」という中高年いまだにいるのと同じで、文化的な後進性から個人の甘えを放置しているというだけの話です。

東京五輪・パラリンピックまでに喫煙規制ができなければインバウンドの価値はないと断言します。同じアジアでも台湾や中国はもちろん、ラオスでも室内禁煙にしています。「え? そうなんですか?」という日本人の反応にこそ問題があります。

中村 たばこは煙を吸いたくない非喫煙者の選択権を奪っていますね。

藻谷特任顧問 「煙を吸いたくない非喫煙者の選択権」というと、「吸いたい喫煙者の選択権」と対等で、どこかその間に線を引くべきであるというようなマヌケな議論を惹起してしまいます。

「煙を吸いたくない非喫煙者の選択権」は存在しません。飲酒したくない人の選択権などもない。そうではなく、他人に煙を吸わせる権利というものが存在しない。他人に飲酒を強制する権利が存在しないのです。「殺されたくない人の選択権」などというものはないのでして、誰にも「殺す権利」がないのです。それと同じです。

繰り返しますが、大人であれば誰にでもたばこを吸う権利はあります。しかし同時に吸いたくない人に煙を吸わせる権利は何人にもありません。たばこを吸う権利は、他人に煙を吸わせない範囲で許されるものです。排泄の権利が、他人に排泄物や排泄行為を見せない範囲で許されるのと同じなのです。これは世界中で当たり前に納得されていることです。それが議論の中に出て来ないこと自体が、日本人が世界標準の論理を今一つ呑み込めていないことを示しています。

中村 日本はこの問題で世界から遅れた社会になっています。私も完全な分煙が求められるべきだという考えです。

藻谷特任顧問 分煙というと、どうしても「少々の煙くらいは大目にみろよ」というニュアンスが入ってしまうので、私は使いません。公共空間の完全禁煙というべきです。私的空間では勝手にどうぞ、という意味では分煙ですが、「飲食禁止」だとか「私語禁止」だとかいうのと同じで、「ここでは禁止」というべきであり、「分飲」だとか「分語」だとか変な言葉を使うべきではないです。

また、煙の有無の判断を、喫煙者がしてはいけません。きちんと空気の状況を計測することが必要でしょう。

中村 私は嗜好品であるたばこそのものの存在についてとやかく論ずるつもりはありませんが、たばこの取り扱い方に関しては、日本は悲しいほどみっともない状況で、日本の観光立国を阻んでいると思っています。

藻谷特任顧問 まさしく喫煙問題は日本の観光立国化の前に立ちはだかる巨大な敵でしょう。繰り返しになりますが、たばこの問題に、東京五輪・パラリンピックまでに真剣に取り組めないようでは、日本は世界に恥をさらすことになるでしょう。(続く)

藻谷浩介(もたに・こうすけ) 1964年山口県生まれ。東京大学法学部を卒業後、1988年日本開発銀行(言日本政策投資銀行)入行。94年ロンビア大学経営大学院修了、経営学修士(MBA)取得。2012年から日本総合研究所主席研究員、日本政策投資銀行地域企画部特任顧問(非常勤)。平成の大合併前の全国3200市町村、海外94カ国を自費で訪問し、地域特性を多面的に把握。地域振興、人口成熟問題、観光振興などについて精力的に研究し、執筆、講演活動を展開している。著書に『デフレの正体 経済は「人口の波」で動く』(KADOKAWA、2010年)、『里山資本主義』(KADOKAWA、2014年)、『しなやかな日本列島のつくりかた』(新潮社、2014年)、『和の国富論 観光立国の正体』(新潮社、2016年) など。近著に『世界まちかど地政学 90カ国弾丸旅行記』(毎日新聞出版)。

中村好明(なかむら・よしあき) 1963年佐賀県生まれ。ドン・キホーテ入社後、分社独立し現職就任。自社グループの他、公共・民間のインバウンド振興支援事業に従事。2017年4月、一般社団法人日本インバウンド連合会理事長に就任。国際22世紀みらい会議(Mellon 22 Century)議長。日本インバウンド教育協会理事。ハリウッド大学院大学および神戸山手大学客員教授。日本ホスピタリティ推進協会理事・グローバル戦略委員長。全国免税店協会副会長。みんなの外国語検定協会理事。観光政策研究会会長。著書に『ドン・キホーテ流 観光立国への挑戦』(メディア総合研究所、2013 年)、『インバウンド戦略』(時事通信社、2014年)、『接客現場の英会話 もうかるイングリッシュ』(朝日出版社、2015年)、『観光立国革命』(カナリアコミュニケーション、2015年)、『地方創生を可能にする まちづくり×インバウンド 「成功する7つの力」』(朝日出版社、2016年)、『儲かるインバウンドビジネス10の鉄則』(日経BP社、2017年)がある。

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