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[連載]観光立国のフロントランナーたち 全国免税店協会 阿部英行会長(最終回)

2017/03/07
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日本のインバウンドビジネスの開拓に奔走するジャパンインバウンドソリューションズの中村好明社長が訪日ビジネスの最前線を進む人々を迎え、「観光立国」実現に向けた道筋について語り合う大型対談「訪日ビジネス最前線 観光立国のフロンティアたち」。免税店の民間団体、全国免税店協会(全免協)の阿部英行会長との対談です。最終回では阿部会長が経営する免税店、アッキーインターナショナル(本社・東京都中央区)の社長の立場も踏まえながら免税店経営の苦労について体験を交えて語ります。

急増した免税店が相次ぎ撤退…うまくいかなかったワケは

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中村 日本の免税店が2016年10月1日現在で3万8653店舗(1年で9606店増加)。免税の市場、現状に関してどのように認識していらっしゃいますか。

阿部 あまり冷水を浴びせる言い方をしたくないのですが、ちょっと行きすぎになっているような気がします。簡単に言うと “にわか免税店”が増えすぎてしまった。確かに、ものすごい勢いで、われもわれも、と参画するところが増えました。

ただ、中国側の規制、それによる単価のダウンなどがあり、もう閉店してしまったところもあります。結局、トレーニングを積んで、足腰を強くしてからやらないと成功しない。現地を知らずしてできない商売なのに、急に免税店を始めた経営者の中には、海外の事情がチンプンカンプンだという方もいらっしゃいました。「大丈夫なの?」と思っていましたが、やっぱり難しいんです。

中村 では、免税店の経営者、マネジメントに関わる店長らは海外に行って何を見てくるのがいいのでしょうか。

阿部 当然、売っているものを見る。腕時計ひとつとってみても、海外で売ってるものは日本とは違います。そういうトレンドを知らずに国内仕様の腕時計を並べても買ってもらえません。そして、訪れた国の人たちを見る。一例ですが、中国を訪れれば、日本人よりずっとせっかちな国民性を理解できます。だから、私たちの会社は中国団体客用に別にお店を作っています。

中村 しっかりした人材が蓄積されていない会社は相当厳しいかもしれません。為替や世界情勢と連動しながら長いスパンでやってかなければならないところもあるのではないでしょうか。

阿部 東日本大震災の後、私が経営するアッキーインターナショナルの売り上げは0.7掛けになりました。7掛けの30%ダウンではないですよ。93%ダウンです。そういう事態になることも考えておかなければいけない。

中村 危機的な状況で、アッキーインターナショナルとしてどうやって持ちこたえたのですか。

阿部 リスクヘッジの意味で小売もやっていれば、卸、ネット販売、輸出、輸入もやっています。それから同じ小売りの中でも団体の小売り、一般客の小売りがあります。そういうものを手がけているので、伸びる余地のあるところに投資をして切り抜けてきました。

独立し、会社を設立…2度の危機を乗り越え

201703071608_2-300x0.jpg中村 ラオックスを退社され、サラリーマンからアッキーインターナショナルを設立して社長になるには大変な苦労があったのでは。

阿部 2001年に2人の部下と話し合って事業を始めるのを決め、その翌年に会社を設立しました。どうにか1億4000万円を集め、その年の5月1日にオープンするつもりでしたが、4月26日に経理担当の人間が「社長大変です! 金庫に30万円しかありません」。とにかく開店すれば日銭が入るだろうということで値札もないのに次の日にオープンしました。

中村 創業されて資金がショートする時期もあったんじゃないでしょうか。

阿部 いやもう大変なことが2回もありました。4月の終わりに開業して、1回目のピンチは7月に来ました。原因はサラリーマンだった人たちにキャッシュフローの考え方がなかったことです。例えば、7000円のものを5個仕入れて1万円で売るとします。すると1個売れただけで「3割の上がりが出た」と自慢しちゃうんですね。でも、4個売れ残ったら2万5000円のマイナスなんです。そのことに気が付かない。だから、そういう考え方をまず植え付けました。

中村 では、2回目のピンチというのは。

阿部 最初の年の暮れでした。(資金不足で)本当にもう無理なんですよ。当然初年度ですからお金も借りられない。仕方がなく、10人くらいいた社員全員に頭を下げて「本当にお金ない。このままいったら倒産するしかないんだ」と。私も全財産を会社設立のときに出していて残りはほとんどなかったんです。 そうしたら社員が1人消え、2人消え…。そして、「社長すみません、100万持ってきました」「200万持って来ました」と大金を渡してくれたんです。

中村 自分の預金を持ってきたのですか。

阿部 当時は振り込め詐欺なんてなかったので、1回でキャッシュディスペンサー(現金自動支払機)から多額のお金を下ろせましたから。次の日になったら、ある女子社員が「社長一緒に銀行に行きましょう」って言うんですよ。「どうしたの」と聞くと、「1000万円入っています」と預金通帳を見せられました。使ってくれと。それで結局3000万円も集まったんです。その時は、本当に感謝しました。だって、仕事を始めて1年もたたない会社ですよ。うまくいくかいかないかなんて分からないじゃないですか。それを何百万円って持ってきてくれるとは…。

中村 辞める方はいなかったんですか。

阿部 いませんでした。全員一丸となっていましたから。

中村 その時からある意味、合資会社といいますか、要するにみんなの会社になったんですね。

阿部 これはすごいことだと僕は思うんです。

中村 そのときのスタッフたちはアッキーインターナショナルに夢を感じたんでしょう。

阿部 私は社員たちに助けてもらったんです。だから株の配当などで恩返しをしている、そういうつもりでいます。

中村 創業から15年、今の社員数と年商はどうなったんでしょうか。

阿部 社員は60人を超え、パートを合わせると120人くらいです。年商は125億円になりました。

中村 最後に、阿部社長が免税店経営で心がけていることやビジョンについて聞かせてください。

阿部 私のポリシーですが、外国人の社員を「何人(なにじん)」とは絶対に言わない。名前で呼びます。中国の人も韓国の人も、外国人と呼ばれるのが本当に好きじゃないんです。前の会社で中国語ができる人に仕事を頼みたかった部下が、朝礼の後に「中国人は残って」と呼びかけたことがあったんです。中国語のスキルがあるけど中国人ではない社員は行ってしまうし、帰化した方は困惑していました。「こういうことではいけない」と厳しく叱りました。文化や慣習の違いは配慮するべきですが「何人」という言い方は好きではありません。

中村 多様性や観光立国とは何かということにも通じる話ですね。

阿部 そして社内にいる社員を「いつもここにいるね。出かけなさいよ」と叩き出すことです(笑)。貿易の世界っておもしろくて、顔も見たことのない人と新規取引ができます。出かけて相手とコミュニケーションをとれば売り上げが上がるんです。それも3割4割ではなく、300%や500%に。出かけて人と交わることは本当に大事です。

阿部英行(あべ・ひでゆき) 1974年朝日無線電機(現ラオックス)入社。海外事業部長として同社の免税品販売を担当してきた。関連子会社のダイオー、神田無線電機の社長を歴任後、2002年に退社。同年免税店を展開するアッキーインターナショナルを設立、社長に就任した。現在、東京・秋葉原を中心に国内に4店舗の免税店を展開している。2005年輸出物品販売場等税務懇話会会長に就任。14年から輸出物品販売場等税務懇話会から名称変更された全国免税店協会の会長を務める。全国間税会総連合会常任理事、東京国税局間税会連合会副会長。1955年、新潟県生まれ。

中村好明(なかむら・よしあき) 1963年生まれ。ドン・キホーテ入社後、分社独立し現職就任。自社グループの他、公共・民間のインバウンド振興支援事業に従事。日本インバウンド教育協会理事。ハリウッド大学院大学および神戸山手大学客員教授。日本ホスピタリティ推進協会理事・グローバル戦略委員長。全国免税店協会副会長。みんなの外国語検定協会理事。観光政策研究会会長。一般社団法人国際観光文化推進機構理事。著書に『ドン・キホーテ流 観光立国への挑戦』(メディア総合研究所、2013 年)、『インバウンド戦略』(時事通信社、2014 年)、『接客現場の英会話 もうかるイングリッシュ』(朝日出版社、2015 年)、『観光立国革命』(カナリアコミュニケーション、2015 年)、『地方創生を可能にする まちづくり×インバウンド 「成功する7つの力」』(朝日出版社、2016年)がある。

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