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[連載]観光立国のフロントランナーたち 澤の屋旅館 館主 澤功(最終回) 

2016/10/24

201609301150_1.jpg言葉はいらない

澤巧 澤の屋は、時代の流れの中で抗えなかったのです。いちばん障害になると考えた言葉は、実際にはいちばん障害にならなかった。それは単語と身振り手振りで通じるのです。ただ、「お医者さん行きたい」とか、そういうのはわからない。その場合、紙に書いてもらって、辞書さえがあれば大丈夫なんです。

中村好明 そういうことですね

201609301220_1-300x0.jpg 近くにフランスの若いお嬢さんが住んでいました。東京芸大に留学していたんですね。日本語がペラペラ。「両親が8月に1カ月ほど、東京見物にくるから泊めてください」と言う。バス、トイレのない部屋に泊まっていただいて1カ月間。とうとう、そのご両親と私たちは、言葉を一言も交わさなかったのです。お帰りになって何日かしたらお嬢さんが現れた。「とても良い旅館だと喜んで帰りました」。一言の会話がなくても、「良い旅館」だと言われる。なるほど、言葉はいらないのかと。

中村 言葉はいらないのですね

 これまでの間に90カ国、延べ17万7,000人の外国のお客さんを受け入れてきて思うのは、世界195カ国すべての言葉に対応することはできないということです。でも、「よくいらっしゃいました」という心さえ持っていれば、それは相手に通じる。例え私が英語が達者になったところで、英語のできないお客さんが来た時には、意味がないわけです。それよりも「よくいらっしゃいました」と迎える心をもつほうが大切なのではないでしょうか。

中村 それが、いわゆる、おもてなしの心ですね

 外国のお客さんを受け入れると、確かに、いろいろと問題は起こります。例えば、和式トイレの間違った使い方。でも、「これくらいまでは良い」。「これ以上はやってもらいたくない」。そのあたりを、各々の旅館が、それぞれの形でお客さんとせめぎ合いをして、それぞれの形で折り合いをつければいいのではないかと思うのです。「だから外国人は嫌だ」と言いだしたら、そこで終わってしまいます。しかし、それぞれの国によって違ったところがあって、それで良いのではないでしょうか。

東京五輪の宿不足? 地方に分散させれば良い

201609301220_2-250x0.jpg中村 異文化の接点が宿ということですね。そういう意味では、今話題の民泊は単なる部屋貸しで、異文化の接点がなさそうです

 今、日本で話題になっている民泊は、触れ合いがない。すると"相互理解"が全然できないのではないでしょうか。「観光は平和へのパスポート(Tourism;Passport to Peace)」。これは、1967年の国連国際観光年のスローガンだったって聞いています。相互理解は平和に繋がる。もしも、いま言われている民泊が、空き部屋をふさぐための、単なるビジネスだとしたら、これは違うのではないでしょうか。

中村 しかし、2020年東京五輪開催時の宿泊不足は、課題になってもいます

 東京から1時間半も移動すれば、どこへでも行けます。東京に民泊を作るのじゃなくて、"東京エリア"という概念を拡大して考えれば良い。埼玉の大宮にも、川越にも、駅前に立派なホテルがあります。せんじつ、富山まで行ったら2時間半ほどで着きました。現地の講演で「東京五輪の訪日客には、富山に泊まってもらいましょう」と言った。2時間かかったって、東京には来れるのだから。その移動のため、JRも私鉄も通しで使えるパスを作れば良いと考えるのです。難しい課題があるそうですが、これは私は、五輪まで、作るべだと主張し続けます。

中村 東京五輪という、いわば"錦の御旗"で、みんなで協議をすれば良いということですね

いまあるままの姿で受け入れることが最善の方法

 かつて、谷中には、「観光のためお寺に出ていってもらおう」なんて主張した時代もあったんですよ。ところが、バブルが弾けたら、「谷中には日本人の生活が残っているからおもしろい」と言われ始めました。路地がおもしろい。各々の家屋が違う形なのがおもしろい。日本人には当たり前でも、外国の人にはおもしろいのですね。谷中は、外国人に来てもらうために新しいものを作ったりはしない。いまあるものを、そのままにして迎え入れています。

中村 地方都市は、その考え方から学ぶ必要がありそうです

 私も、よその街も、いまあるものを、そのままにすれば良いと考えるのです。そうすれば、それは谷中の真似じゃないですしね。その街のオリジナルです。いまある街のそのままの中に受け入れるのです。実は外国のお客さんがいちばん喜ぶのは、それなのではないかな。米国のお得意さんから言われました。「他の米国の人が泊まったことがない宿に泊まりたい。他の米国人が行ったことがない場所に行きたい」。全部、違う形で良いのです。日本の街は、それぞれ自分のところの、そのままの形でいれば良いのです。むしろ、日本中が東京みたいになったら、外国のお客さんは喜ばないでしょう。

中村 そうですね

宿が先頭にたって訪日客を受け入れなければ地方には行かない

201609301220_3.jpg 私はこう考えます。まず受け入れる。それから考えれば良い。大切なのは、受け入れようというマインドです。その街の宿が外国のお客さんを受け入れれば、彼らは必ず街に出ていきます。宿が先頭に立って外国のお客さんを受け入れなくては、地方に訪日客は増えません。街の中でせめぎ合いが起きるかもしれません。けれど、それは良いじゃないの。何か問題が起こったらやめるというのではなく、せめぎ合いをして、折り合いをつければ良いではないですか。

中村 日本の人口は減っていくわけです。いまから35年前、澤さんが悩まれた結果として決断して訪日客の宿泊を受け入れました。そういう決断を、いま日本の地方がしないといけないところにきているわけですね。そして、誰かの真似をするのではなく、身の丈に合わせて世界と向き合うという、澤さんがやってこられたことを、日本のそれぞれの街が、それぞれの条件の中で実行可能なはずであるとおっしゃっているのですね

 田んぼがあるところは、その田んぼを見せればいい。外国のお客さんを受け入れるとき、その地方なら地方は、実はそのままの姿で良いのです。ちょうど日本のお客さんが、バス、トイレのない部屋に泊まっていただけなくなったときに、外国のお客さんが来てくれたように。

中村 いわば覚悟ですね。そして、覚悟は必要ですね。覚悟のないインバウンドは中途半端なものになってしまいます。

 外国のお客さんは、さまざまな宿に泊まってくれるのです。だからみんなが同じになるのではなくて、それぞれが違う形で、一生懸命に宿をやって、そこに「どうぞいらっしゃい」というふうにやればよいのです。
 

日本のインバウンドビジネスを切り開いてきたひとり、ジャパンインバウンドソリューションズの中村好明代表取締役社長が聞き手となり、訪日ビジネスの最前線を走る人々を迎え、「観光立国」日本に向けて、いま何が大切かを探る対談連載。題して「訪日ビジネス最前線 観光立国のフロントランナーたち」を始めます。

第1回は、東京・谷中で訪日客を迎え続けて35年を数える澤の屋旅館の館主、澤功(さわ・いさお)さん。止むに止まれず始めた訪日客対応だったという意外な事実から、訪日客4,000万人時代に向けて日本の旅館はどうするべきかまで4回(毎週月曜日掲載予定)に渡ってお伝えします。今回はその最終回です。

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