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[連載] 観光立国のフロントランナーたち ジェイノベーションズの大森峻太社長(2)

2018/01/15

ジャパンインバウンドソリューションズ(JIS)の中村好明社長(一般社団法人日本インバウンド連合会理事長)が、日本の観光立国実現に奔走するキーマンたちと、その道筋について語り合う大型対談「訪日ビジネス最前線 観光立国のフロントランナーたち」。ジェイノベーションズの大森峻太社長との対談の第2回では国際交流に取り組むきっかけとなった高校・大学時代の海外での経験を振り返ります。

オーストラリアへの修学旅行がきっかけに

中村 今回は大森社長の今の活動の原点についてお話を聞かせてください。

大森社長 子供のころから運動ばかりであまり勉強もしていませんでした。バスケットボールをやっていた関係でアメリカには若干興味がありましたが、それ以外は全くといっていいほど海外に興味がなくて、海外に行く必要性も感じていませんでした。別に英語が話せなくても、自分の人生には全く関係ないと思い、好きでもありませんでした。ところが高校2年生のときに修学旅行でオーストラリアに行くことになったんです。最初は行きたくなくて、当日の朝までぐずぐずしていたくらいです。親に行くように言われてしぶしぶ行ったんです。

でも、実際に着いたら自分の知らない世界がそこに広がっていました。興奮してしまって、「海外めっちゃ楽しい!」という感覚に急に変わってしまったんです。ほとんど地元の湘南(神奈川県)から出ないような生活をしていたのが、いきなり海外に行って衝撃を感じました。

中村 コミュニケーションはどうでしたか?

大森社長 当時はコミュニケーションも全く取れなくて。ちょっと英語が話せる友人に助けてもらいながらコミュニケーションをとるという状態だったのですが、「面白い」という感覚は味わいました。現地に5日間くらい過ごして、「またここに戻って来たい」と思うようになりました。帰国して親にすぐ「海外に住むことにした」と伝えました、(笑)。

中村 ご両親も喜ばれたのでは?

大森社長 そうですね。あまりの変わりように驚いていました。大学もバスケなどの推薦でほぼ行くことも決まっていましたし、勉強しなくていいと思っていましたが、将来を考えたとき、「このままバスケを続けて行っていいのか」と疑問に思うようになりました。国際ジャーナリストになりたい。そんなことを漠然と思うようになりました。

国際的にジャーナリストとして活躍している伯父がいて、「こういう生き方、かっこいい」と思い、話を聞きに行きました。すると、「勉強しないやつはなれない」と、バッサリと言われたんです(笑)。

しっかり勉強しなさいと言われたので、ほぼ決まっていた大学の推薦を辞退することにしました。先生には驚かれましたが、ゼロから勉強をスタートさせて、初めて模試を受けに行ったんです。しかし、そのときの英語の試験が1問目から全く分からなくて、結果、英語の偏差値は29でした。

文系だったので、国語と政治経済は好きで、成績も上がっていったのですが、英語だけはどうしても最後まで苦手でした。今の日本の受験の制度では英語が得意でないと偏差値の高い大学に入れないので、結局、英語が得意でなくても入れる大学を選びました。

留学中にトラブル…訪日外国人支援の活動の原点に

中村 結局、どちらの大学に進学されたのですか?

大森社長 国学院大学です。国際ジャーナリストへの関心があったので、法学部で政治を専攻していました。しかし、自分の中では英語が苦手だったというのがすごく引っかかっていました。「何か挽回する方法はないかな」と考えて、大学に入ってすぐに英会話スクールに通い始めました。英語を毎日勉強して、アルバイトをしてお金を貯めて、大学2年生のときにカナダに2カ月間の短期留学をしました。そこで海外から集まっている留学生の友人もたくさんできて、モチベーションがさらに上がりました。

中村 学生時代を通して国際交流をされてきたんですね。

大森社長 実は、このカナダ留学のときに、高校の修学旅行に続く、もう一つの原点といえる出来事がありました。ホームステイ先に置いてあったチョコレートケーキを食べたら、死にかけたという経験です。

ケーキに「マリファナ」が入っていたのですが、それを知らずにたくさん食べてしまったんです。ホームステイ先もそれがバレたら大問題なので、部屋に閉じ込められて…。体は動かず意識が朦朧とする中で緊急で通っていた語学学校などに電話をして英語と日本語交じりで必死に連絡をとったのですが、なかなか助けてもらえませんでした。ちょっとした知り合いくらいの日本人の方がどうにか警察と救急車を呼んでくれて、急遽入院することになりました。

自分の無実を証明しないと、もしかしたら逮捕されてしまうかもしれない状況になってしまいました。それで、病院の先生に説明し、学校からも、警察からも、1週間くらいいろいろな質問をされて。英語が通じないと逮捕されてしまうと思って、必死でどうやったら伝わるだろうと考え抜いてコミュニケーションをとりました。結果、英語力が急激に伸びました。

当時、その国際ジャーナリストの伯父が電話してきたのですが、「お前は面白い経験を手に入れたんだから、その手の海外事情をカナダでいろいろ調査してこい」と言われました。落ち込んでいた自分を励ますために言ってくれたのだと思いますが、そこから私のゼミの研究テーマは「世界とマリファナ」になりました。

帰国後すぐに国際交流のサークルを立ち上げたのですが、日本に来る留学生もカナダでの私のように何か日本で問題が起こって困ったときに、誰も助けてくれないということがないように友人としてのつながりを大切にして、日本に来る留学生を支援したいと思ったからです。

中村 いわゆるセーフティネットを構築しようと思ったわけですね。自分の苦い経験で得たものから今度は支援の実践をしようというのは素晴らしいですね。

大森社長 その時は、学校側も留学のエージェントも「そんなことがあるとは夢にも思いませんでした」というような対応でした。インターネットがいくら発達している現代でも外国人にとっては思いがけない出来事がたくさん起きるんだと改めて感じました。

また、その後、途上国を含め世界中を旅するようになりました。大学時代は2カ月に1回くらいのペースで、社会人になってからも含めて合計30カ国以上を回り、世界への見識を高めました。

中村 なるほど。海外に出て視野を広げることで、世界に出かけることのリスクを知り、逆に海外から日本を訪れることのリスクを最小化する支援を日本ですることを考えたということですね。(続く)

大森峻太(おおもり・しゅんた) 1989年神奈川県生まれ。大学在学中、カナダ留学、韓国留学、オーストラリア留学を経験。大学卒業後はカナダに拠点を移し、1年半かけて海外を周る。帰国後、外国人旅行者向けボランティアガイド団体を立ち上げ、約5000人のボランティアガイドを全国で集める。2016年12月インバウンド事業をメーンに手掛ける株式会社「ジェイノベーションズ」を設立。外国人と日本人をつなぐ国際交流プラットフォーム「Japan Local Buddy(ジャパン・ローカル・バディ)」をリリースし、全国でガイド育成に取り組んでいる。

中村好明(なかむら・よしあき) 1963年佐賀県生まれ。ドン・キホーテ入社後、分社独立し現職就任。自社グループの他、公共・民間のインバウンド振興支援事業に従事。2017年4月、一般社団法人日本インバウンド連合会理事長に就任。国際22世紀みらい会議(Mellon 22 Century)議長。日本インバウンド教育協会理事。ハリウッド大学院大学および神戸山手大学客員教授。日本ホスピタリティ推進協会理事・グローバル戦略委員長。全国免税店協会副会長。みんなの外国語検定協会理事。観光政策研究会会長。著書に『ドン・キホーテ流 観光立国への挑戦』(メディア総合研究所、2013 年)、『インバウンド戦略』(時事通信社、2014年)、『接客現場の英会話 もうかるイングリッシュ』(朝日出版社、2015年)、『観光立国革命』(カナリアコミュニケーション、2015年)、『地方創生を可能にする まちづくり×インバウンド 「成功する7つの力」』(朝日出版社、2016年)、『儲かるインバウンドビジネス10の鉄則』(日経BP社、2017年)がある。
 

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