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[連載]球団代表、空に挑む(上)関西エアポート・機谷俊夫CAO 異色の経歴、広報マンの経験生きる

2017/06/21

関西国際空港を運営する関西エアポートの最高管理責任者(CAO)、機谷俊夫さんは異色の経歴の持ち主だ。プロ野球のオリックス・バファローズの元球団代表を務め、内閣官房、大阪市で人事制度改革に携わった。とくに球団代表時代には、激変した球界の中枢で経営問題に関わった。「変革の請負人」はいま、関西の空の玄関口の改革に挑んでいる。(嶋田知加子)

インバウンドを大阪・泉佐野に

201706202026_1-300x0.jpg関西国際空港を運営する関西エアポートの最高管理責任者(CAO)を務める機谷俊夫さん=平成29年4月(永田直也撮影)

――普段の仕事内容は

機谷 総務人事とコーポレートコミュニケーションの責任者として、人事全般と広報を統括しています。空港という公共施設を利用していることから、地域の自治体や経済界との連携という大きな仕事もあります。泉州の自治体の首長や議員の方々と普段からやりとりし、いかに一緒に盛り上げていくか。土日も各地のイベントなどによく顔を出していますよ。

――関空は「眠らぬ空港」ですが、同じようにお忙しそうですね

機谷 実は、関空のおひざ元の泉佐野市に住んでいるのですが、野菜や魚が本当においしく、観光スポットも多い。関空を利用される訪日外国人(インバウンド)の方に旅行の1日をぜひ泉佐野で楽しんでほしい。休みの日も、そのためにどうしたらいいかと考えているんです。

――関空の運営に携わって1年がたちました

機谷 今の関空は絶好調ですが、それは私たちだけではできない。空港を造ったときや空港に閑古鳥が鳴いていた頃、2期島を造ったときなど苦難の連続だった時期に携わった方々の努力がなければ、今の反転攻勢はない。改めて先人の苦労や努力を再認識させられています。

異動希望かなったの1度だけ

――空港運営は難しい

機谷 関西エアポートは、オリックスと世界で35空港を運営するバンシ・エアポートを中核とした民間企業です。ただ、国から空港をお借りして運営している。つまり公共施設を使うことへの責任があるんです。収益を上げることも必要ですが、その前にまずは安全、安心がベースにある。そこがないと事業は成り立たない。一般の民間企業と大きく異なるところですね。

――異色の経歴をお持ちです

機谷 オリックスがまだオリエント・リースだった頃に入社したんですが、入社して31年、異動希望がかなったのは一度だけ。3年目に会社が阪急ブレーブス(当時)を買収しましたが、当時、私は法人向け金融サービスの営業をしていたので球団経営に携わるとは想像もしていませんでした。その後、内閣官房で公務員制度改革を、大阪市で人事制度改革にそれぞれ携わりましたが、それらがいまに生きているような気はしています。

――オリックス入社のきっかけは

機谷 就職活動を始めた頃は漠然と金融関係を考えてましたが、先輩たちの話を聞いてもあまり面白そうではなかった。そんな時にオリックスの前身である「オリエント・リース」を知りました。東証一部上場で業界トップ。社長も社員も若く、はつらつとしていた。
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――入社後の印象は

機谷 挑戦し続けることです。入社した31年前の本業はファイナンスリースでしたが、今ではそれは2割以下。どんどん事業を展開していきました。関西エアポートへの出資もそのひとつですね。

夜中1時に鳴り響く「悪魔の電話」

――心がけてきたことは

機谷 「常に新しいことをやり続けないと会社は生き残れない」ということです。鵜の目鷹の目で面白いことはないかと探しながら、法人向け金融サービスの営業マンとして経験を重ねました。

――その後、広報マンとしての人生が始まる

機谷 食べ物のおいしい北陸地方に勤務を希望したのですが、行き先は東京。しかも主な仕事はマスコミと機関投資家への対応でした。

――営業とはずいぶん仕事内容が異なる

機谷 異動してまもない頃、「取材ではないが…」と記者に声をかけられ、気軽に答えたことがありました。ところが、これって取材なんです。結局、自分が言ったことが記事となって配信され、「だれが答えたんや」と上司に大目玉をくらった。

――社長室の広報担当は7年続いた

機谷 当時の宮内義彦社長のトップ交代もありました。記者はいろいろ探ってくる。事前にもれないよう、準備もする。新聞記者から夜中1時にかかってくる電話は「悪魔の電話」。違うことが紙面に載るといけないので電話に出ますが、合っていても合っていると言えません。だから、対応が非常に難しい。

はたたに・としお 昭和37年、大阪市生まれ。大阪市立大学経済学部卒。昭和61年にオリエント・リース(現オリックス)入社。社長室広報などを経て、平成17年、プロ野球オリックス球団へ。その後、内閣官房や大阪市出向などを経て、28年から関西エアポート専務執行役員最高管理責任者。

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